盆栽の天才へのインタビュー
 
盆栽を作ってきてこれまでに一番感激したことは?
高松市との姉妹都市、フランスのトゥール市へ10日間のデモンストレーションに出かけたときのこと、裏通りの出窓に鬼無の盆栽を見つけたとき。
世界のどこで出会っても鬼無の盆栽だとわかるのですか?
もちろん、我が子同様ですから・・・(感激!)
盆栽を見ていると、心がやすらぐような気がします。盆栽とは、日本の心という感じがしますが?
江戸時代の風景画などを見ると、枝が下がった松の姿がよく描かれていますね。松の木も、樹齢二百年くらいになると、枝が下がってきます。その姿を縮小したものが、盆栽です。幹の古さ、枝の古さを、表現できると、より味わい深い盆栽になります。
鬼無の盆栽は、今や世界ブランドですよね。
20年くらい前から、世界にもその名が知られるようになりました。日本では、盆栽は年配の方の趣味と思っている人も多いようですが、外国では、そんな先入観もないので、若い人の間に、どんどん広まってきています。「BONSAI」は、世界共通語です。世界に誇れる日本ブランドですよ。
どのくらい、盆栽づくりをなさっているのですか?
鬼無では、幼いころから盆栽に囲まれて暮らし、中学生の頃には、けっこう本格的に盆栽をさわっていました。
盆栽づくりは、どなたに習ったのですか?
父も盆栽職人であったけれど、何も教えてくれなかったですね。その姿を見て覚えるんですよ。
鬼無では、代々続いた盆栽づくりのお家が多いようですが?
その家ごとに伝える秘伝というものがあります。それを会得して、さらに若いころに、他の盆栽園にも修行に行き、そして、自分ならではの新たな技術を編み出していくんです。
鬼無では、組合もあって各園が力を合わせていますね。
お互い、良きライバルで、それでいて、チームワークがいいんですよ。鬼無の盆栽の質を高めるために、技術交流も盛んに行っています。
鬼無では、若手の後継者の皆さんが多くいらっしゃって元気ですね?
盆栽づくりには、終わりがないからです。親や先輩とは違うことをやってみる、新たなチャレンジができるという、やりがいがあります。
今でも試行錯誤があるんですね。
色々実験をしてみて、失敗をすることもあるし、思わぬ発見をすることもあります。盆栽は奥が深いし、興味がつきません。盆栽は生き物ですから、いつになっても突然変異というものがあって、新たに素晴らしい盆栽が誕生してくるのです。
盆栽の姿にも、流行ってあるんですか?
もちろんあります。一昔前までは、まっすぐな幹の"直幹"というものが流行りましたが、その後は、少し景色(姿)の変わったもの、個性的なものが流行っていますね。
鬼無の盆栽は、いつごろから始まったのですか?
江戸時代の後期、文化年間に始まったと言われています。
どうして、鬼無が盆栽の名産地になったんでしょうか?
盆栽には、砂地が多く、土地が痩せていたからですよ。農作物は育ちにくいところですが、これが盆栽には適していたのです。土が肥えていると、松が成長しすぎて盆栽にはなりません。ですから、盆栽に肥料をやり過ぎるのは禁物なんですよ。
讃岐(香川県)は、雨の少ないところで、水の苦労は大変だったんでしょうね?
私が、子どもの頃には、川で水を酌み、ひしゃくでひとつひとつかけていました。昔は、堀を掘ってジョロで水をやっていたところも多くありました。
水のやり方も難しいのですか?
盆栽の世界では、"水掛け五年"という言葉があるように、水のやり方ひとつで、盆栽のできは変わってきます。今は、たいていスプリンクラーで水をやっていますが、今でも、本当によい盆栽は、ひとつひとつやり方を考えて水をかけています。
盆栽づくりのコツは、何でしょう?
毎日、盆栽と対話して、盆栽の要求を早く見つけられるようになることです。盆栽は、もちろんしゃべれませんが、長年よく見ていると、盆栽がどうして欲しいといっているのか、分かるようになります。
松の緑は心をいやしてくれますね。
盆栽を見ていると、心が落ち着くという人が多くいますね。
鬼無では、子供さんにも盆栽づくりを指導していると、伺いましたが?
そうなんです。昨年から、小学生の児童の皆さんに、盆栽づくりを指導しています。大人は考えもしない質問が飛び出すので、びっくりしてしまいます。
盆栽づくりの初心者に何かアドバイスはありますか?
盆栽は、何もしなくても大丈夫と思っている人がいますが、もちろん山にある松の木とは違います。水をやらなければ枯れてしまうし、肥料も必要です。ほったらかしでは、気がついたときには、手遅れになりかねません。
鬼無で買った盆栽が元気がなくなったら、どうすればよいでしょう?
組合や盆栽センターに相談して下さい。助かるものは、お預かりして治療いたします。
鬼無の盆栽をよく見に来られる有名人といえば?
ゴルフのジャンボ尾崎さんは、盆栽好きとして有名で、鬼無へも良く来られます。
盆栽をつくってきて良かったなと思うことはなんですか?
大宮で、世界盆栽大会が開催されたとき、人種も年齢も違う世界の人々に、盆栽づくりの講演をしましたら、全員の皆さんが真剣に耳を傾けてくれました。盆栽をつくり続けてきてよかったなあと思いましたね。
盆栽の世界では、国境を超えて、誰とでも語り合うことができます。また、どんな偉い人にでも、盆栽を前にすれば、平等に話すことができます。
最後に、盆栽づくりの夢をお聞かせ下さい。
それは、ずばり「夢錦」です。
これは、五万本の錦松の中から、よりすぐりのものを見出して、15年かけてつくりだしたもので、錦松は、実は鬼無から生まれた盆栽なのですが、ここのところその人気が低迷していました。そこで、もう一度この良さをわかってもらいたいという願いから、「錦松」は産みだされたのです。京都で、「大観展」という日本で二大盆栽展のひとつである盆栽展が開催されますが、平成12年の秋に、この「大観展」で、「夢錦」が発表されます。鬼無は21世紀、まずこの「夢錦」に、夢をかけます。